ニューオーリンズ旅行のヒップホップあれこれ

ニューオーリンズ旅行のヒップホップあれこれ

最近の海外旅行はヒップホップ文化研究〜音楽のフィールドワークと化しているYAPPARI HIPHOP!今回はニューオーリンズ滞在中のヒップホップ関連に特化して書きたいと思います。「Master PやJuvenileの故郷で体験した衝撃のニューオリンズ・セカンド・ライン・パレード!」にも書きましたが、自転車で散策するにはちょうど良いサイズ感のニューオーリンズで、チャリであちこち走り回りました。先日配信をスタートしたNetflix『ヒップホップ・エボリューション』のシーズン4が、ちょうどニューオーリンズ編ですので合わせてどうぞ!

Maxo Kream @ House of Blues New Orleans

まずは、ニューオーリンズ初日にテキサス州ヒューストン出身のラッパー、Maxo Kreamの”Brandon Banks ツアー”初日のライブに行きました。最新アルバム「Brandon Banks」は2019年によく聞いたアルバムのひとつです。会場は老舗ライブハウスのハウス・オブ・ブルース・ニューオーリーンズ(House of Blues New Orleans)!その敷地にあるキャパ300人ほどの小さなスペースで、Maxo Kreamでも地方巡業となると、こんな規模なのかと驚きました。メリーランド州ラルゴ出身のQ Da Fool、ニューヨーク出身のSlayter、地元ニューオーリンズからNillyというラッパーが前座で会場を温めていました。

前座の中ではQ Da Foolが一番カッコいいライブを繰り広げていました。
ステージ上部に掲げられている標語「Unity in Diversity」看板がいいですね!

Maxo Kreamが登場する頃には、20代の白人キッズ8割と黒人キッズ2割ぐらいの割合の男子多めの若者が会場を埋めていました。とにかくあり余ったエネルギーを発散したい!とモッシュピットで跳ねて暴れるキッズに巻き込まれないようステージ横の端っこで見たMaxo Kreamのステージはドープでした!Megan Thee Stallionをフィーチャーした「She Live」ではオーディエンスの数少ないギャル達をステージにあげてトワーク大会をはじめ、「The Relays」ではオーディエンスも最高潮!会場の端っこにいてもモッシュピットの熱気が伝わってくるほど。Maxo Kreamが「最近、家族や仲間を亡くした奴いるか?次の曲はそんな奴らに捧げる!」と語りかけた際に、オーディエンスからは、ほぼレスポンスが無く会場がシーンとなった場面も考察メモ程度に書いておきます。オーディエンスはずっとモッシュで「フゥッ!フゥッ!フゥッ!フゥッ!」のノリでしたが、個人的には「Roaches」と「Meet Again」のパフォーマンスで、やっぱりヒップホップやなー!と感動しました。

ラストの「Beyonce」では、上半身裸のMaxo Kreamがモッシュピットの渦に飛び込むというよりはステージから落ち、モミクチャになりながらマイクをステージに投げて去って行きました。 1時間強のライブでしたがタイトなパフォーマンスに信頼度が高まり、さらに好きになったMaxo Kreamです。


▼ニューオーリンズ公営団地の現在

アトランタのヒップホップ・ツアーのライアンさんに、ニューオーリンズ行くならラッパーが生まれ育った公営住宅(プロジェクト)も絶対に見た方がいいと強くアドバイスされ、カリオペ・プロジェクト、マグノリア・プロジェクト、デザイア・プロジェクトにも行ってみました。

カリオペ・プロジェクト(B. W. Cooperアパート)は、Master P、C-MurderやSilkk the Shockerが育った公営住宅で、セカンド・ライン・パレードの記事でも述べましたが、90年代はアメリカでもレベルの高いゲットーとして知られていました。しかし、2005年のハリケーン・カトリーナ災害後に閉鎖されています。公営住宅跡地は、再開発で綺麗なアパートに生まれ変わり、閑静な住宅街となっていました。

唯一残っているこのレンガ作りの建物が、当時のカリオペ・プロジェクトの面影を物語っています。

マグノリア・プロジェクト(Harmony Oaksアパート)もハリケーン・カトリーナ災害後に閉鎖され公園などに生まれ変わっており景観からは全く分かりません。近所の子供達が熱心にバスケに励んでいました。

周辺にはマグノリアという名のついたお店や看板などを多数見かけました。

ブラックパンサー党のニューオーリーンズ支部があったデザイア・プロジェクトも向かってみましたが、デザイア・プロジェクトだけは上記2つのプロジェクト跡地とは異なりました。

ミシシッピ川沿いのバイ・ウォーターからデザイア・ストリートを北上するかたちで向かってみました。バイ・ウォーターからセント・クロード周辺は、民家のポーチでくつろいでいる黒人のお爺ちゃんお婆ちゃんが「ハ〜イ!」「ヘーイ!ハウユードゥーイン!?」と挨拶してくれる和やかな雰囲気でしたが、フロリダ・エリア周辺から急に空き家や空き地が増えました。自転車で疾走ていると、空き地でテーブルゲームをしている男女のグループが、ジーッとこちらを見つめてきました。地域住民が送ってくる目線が友好的な「こんにちは!」から「お前はここで一体何してるんだ?」に変わりました。それが2回ほど続いたので、これ以上は無理と判断し、来た道を引き返しました。すると、今度は自転車に乗った黒人の青年が爆音でDababyの「Suge」を流しながらこちらに向かってきました。彼も「お前はここで一体何してるんだ?」の目線を送ってきます。筆者に近づくにつれスロウな運転になってきたので、彼の動きを横目で追いながらも目を合わせず、堂々と何事もなかったかのように自転車のギアを最大にして走り去りました。いつもノリノリで踊ってしまうDababyの「Suge」ですが、この時だけは映画『ジョーズ』のテーマ曲のように聞こえました。セント・クロード周辺に入ると、再び目が合えば笑顔で「ハ〜イ!」の和やかな雰囲気になり、「殺伐フッド」と「和やかフッド」の対比が印象的でした。


▼テュレーン大学でのヒップホップ/バウンス資料漁り

テュレーン大学にあるアミスタッド・リサーチ・センターに、ニューオーリンズのヒップホップとバウンスの歴史資料がアーカイブされているという情報を得て、現地の大学にも行ってきました。ところが、アミスタッド・リサーチ・センターにあるはずのヒップホップとバウンスの資料は全てオンライン上にアーカイブされていることが発覚!せっかく30分かけて自転車で来たのとジャズにも興味があったので、なにか貴重な資料は見れないかと相談したところ、同じ敷地内にあるホーガン・ジャズ・アーカイブを教えてもらいました。

図書館司書のような男性に経緯を説明すると「わざわざジャパンから来たの!?」と老舗ジャズクラブの調度品や資料を見せてくれたり、本当に親切に対応いただきました。熱心なジャズ好きの日本人を演じていたのですが、検索機で資料を調べると、ヒップホップとバウンスに関する資料を発見し、日本に関するジャズ、セカンド・ラインの源流となったジャズ・フューネラル、ヒップホップとバウンスの資料を請求してみました。

まずは、No Limit Records率いるMaster Pの1999年の新聞記事です。

2010年に敵対ギャングに撃たれて亡くなった女性ラッパー、Magnolia Shortyが亡くなった際の新聞記事がたくさん保管されていました。

Magnolia Shortyは、地元のニューオーリンズから深く愛されていたんだなということが伝わってきます。

続いて、2010年11月に撃たれて亡くなったラッパー、Messy Myaのニュース記事も多く保管されていました。彼はBeyonceの「Formation」で声がサンプリングされBeyonceを訴えていたことで話題になったラッパーです。

現在服役中のラッパー、B.G. の2009年の逮捕記事です。
他にも90年代のPublic EnemyやThe Rootsのニューオーリンズ公演のフライヤーなどもありました。

バウンスに関しては、90年代の雑誌の記事の切り抜きなどが保管されていました。

日本のジャズとジャズ・フューネラルに関する資料は、古いものだと1959年の新聞記事から保管されており驚きました。

資料閲覧室で4時間ほど過ごし、つかのま学生気分でテュレーン大学の学食もいただきました。こういったリサーチ・センターは、主に研究者や論文を書くような学生が利用すると思うのですが、一般人でも事務登録を済ませ、閲覧ルールを守れば貴重な資料を見ることが可能です。

NOLA Hiphop and Bounce Archive
オンラインでアーカイブされているニューオーリンズのヒップホップとバウンスの資料はこちらで見れます。ニューオーリンズのアーティスト写真、パーティ写真、インタビュー動画などがアーカイブされています。

Amistad Research Center
https://www.amistadresearchcenter.org/
Hogan Jazz Archive
https://jazz.tulane.edu/

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